【日馬富士 公平】東横綱の貫禄を纏う相撲界のエースの私生活は?

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今回は、当記事執筆当初で東横綱の座に君臨している日馬富士公平さんについて迫っていきましょう!

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東の横綱、日馬富士公平

プロフィール

四股名:安馬 公平→日馬富士 公平
本名:Даваанямын Бямбадорж
(日本語読み:ダワーニャミーン・ビャンバドルジ)
愛称:ヒマ、アマ
生年月日:1984年4月14日
出身:モンゴル国ゴビアルタイ
身長:186cm
体重:137kg

所属部屋:安治川部屋/伊勢ヶ濱部屋
得意技:突っ張り、右四つ、寄り

力士以外の活動:特定非営利活動法人ハートセービングプロジェクトでの慈善活動
趣味:ゴルフ

 

というわけで、現東の横綱のプロフィールになります!

ちなみに当記事執筆当初で33歳と、その年齢には少し大きすぎるかもしれない横綱という看板ですが、看板に負けず堂々とした相撲が魅力ですね!

 

 

力士としての成績

最高位:第70代横綱
生涯戦歴:805勝433敗73休(98場所)
幕内戦歴:690勝362敗73休(75場所)
優勝:幕内最高優勝8回,十両優勝1回,三段目優勝1回,序ノ口優勝1回
賞:殊勲賞4回,敢闘賞1回,技能賞5回

 

約1200戦中約800勝ということで、勝率は脅威の2/3という数字をたたき出していますね。

いや、ここまで勝てる力士って歴代探しても中々稀なんじゃないですかね…?

 

 

 

人物像

警察官でありブフ(モンゴル相撲)の国家ザーン(大相撲での関脇に相当)だった父親の元、3人兄弟の末っ子として育つ。
幼少期から兄と相撲を取ることが遊びで、兄に負けても悔しがる負けん気の強い子供であった。

ウランバートルの柔道クラブにも通っており、後の朝青龍や朝赤龍、時天空らと稽古した。
一方、現在も趣味の絵画では、この頃、机に座って何時間も黙って描き続けていた、という集中力のある一面もあり、小学校時代には絵のコンクールで入賞した経験もある。

旭鷲山の活躍をテレビで見て、2000年7月に、旭鷲山の部屋の先輩にあたる安治川親方がモンゴルで開いた相撲大会に出場。
全体で100人近くいた日本の大相撲志願者の中で、彼に成長欲を感じた親方がスカウト。

父親が「うちの子は泣いても帰らないから大丈夫です」と親方に言い、これを聴いた親方が即決した。

初めて東の正横綱についた2013年3月場所で、体を振り返る向きを間違えて忌避とされる「正面に尻を向ける行為」をするミスを犯してしまった。

2013年11月場所4日目の豊ノ島戦では10年秋場所2日目に自身が豊真将戦で決めて以来約3年ぶりの珍手である「裾取り」で白星を上げる。

2016年7月場所3日目、土俵上で黒色のサポーターを付けていたことで審判部から注意を受けた。

2016年10月4日、両国国技館で開かれた大相撲の国際文化交流イベント「大相撲beyond2020場所」で、鶴竜と並んで上段(気迫)中段(攻撃)下段(防御)の3つの型をつくる「三段構え」を、貴乃花と曙が1996年4月の伊勢神宮奉納相撲で行って以来、20年ぶりに披露した。日馬富士は「故九重親方(元横綱千代の富士)と北の湖親方(元横綱)のビデオを何回も見て、土俵の上でも練習してきました」とコメントした。

見込みのある力士には一門に関係なく指導を行う横綱としても知られており、2017年4月11日に行われた春巡業三島場所では朝稽古の土俵下で「筋トレ教室」を行い、宇良などが板状の重りを丸めた5㎏のウエイトを両手に持って肩を回すというインナーマッスルのトレーニングの講習を日馬富士から受けた。

優勝8回のうち、3回が名古屋場所。2016年7月場所で優勝した際には「縁起のいい名古屋。僕は名古屋の人が大好きです」と声を弾ませた。

2017年8月8日に行われた夏巡業青山学院大学場所はこの時点で長女が青山学院大学初等部に通っている点で縁のある場所と言える。

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長女が青山学院初等部に通っていることもあって「娘の学校で巡業ができてうれしいですね。この巡業を通じて、青学の子どもたちに伝統ある相撲を好きになってもらいたいですね」と望んでいた。

 

相撲のことになると、ちょっとうっかりミスが目立つような気はします(笑)

ただ、自身に対するストイックさは並々ならぬものがあり、さらには後進の育成にも余念がないなど、相撲取りとしては鑑と言える側面を多数併せ持っています。

いくら相撲が神事とはいえ、このあたりは個人差がどうしても出る部分ではありますからね…

そういう意味では日馬富士さんは、力士のお手本となる部分をいくつも併せ持っていますね( *´艸`)

まぁ、うっかりミスで神事における違反事はご法度ではありますが( ´∀` )

 

 

 

 

東の横綱の私生活

結婚生活はどんな感じ?

日馬富士の妻(嫁)はバトトールという方だそうです。
日馬富士は2010年に結婚しており、結婚した当時はバトトール夫人はまだ女子大学生だったそうです!

日馬富士の妻(嫁)はモンゴル出身の方で日本に留学してきていたそうです。
結婚した当時の日馬富士は26歳で妻のバトトール夫人は23歳だったそうです。
女子大学生という身で日本の大相撲の横綱と家族になるのはとても大変だと思いますが、バトトール夫人と家族になったことで現在の日馬富士があるのかもしれませんね!

日馬富士とバトトール夫人の馴れ初めを調査したところ、どこで知り合ったのかなどの情報を手に入れることが出来ませんでした。
しかし結婚した理由は日馬富士とバトトール夫人の間に子供が出来たからだそうです!

日馬富士とバトトール夫人の結婚は「できちゃった結婚」だったという事がわかりました。

日馬富士とバトトール夫人の間には現在3人の子供が居るそうです!

子供の名前は、長女がニャムジャラガルちゃん、次女・ヒシゲジャルガルちゃんと言います。
3人目の子供の名前はバトエルデネくんというそうです。
女の子2人と男の子1人ですね!

 

子宝にも恵まれ、幸せいっぱいそうな日馬富士さん!

見ていてほっこりする写真ですね( *´艸`)

 

 

 

横綱も日々猛省

勝っても反省する横綱の鑑

横綱日馬富士は、思わず反省の弁を述べた。負けたわけではない。
左膝痛から再出場した西前頭2枚目の碧山(31=春日野)を上手出し投げで退けた。

ただ、表情がさえない。その理由は…。「まともにそんきょもできていなかったから、優しく出してやろうかなとか、いろいろ考えてしまった。そうしたら、前に出られなくなっちゃう。反省だな」
碧山の痛々しい姿に、勝負師としての心を貫けなかったことを反省した。

それは日馬富士の優しさでもあるのだが、勝ち負けが人生を左右しかねない相撲では、自身の首を絞めかねない。
事実、碧山を呼び込みかけた。
「勝負事なのに、相手のことを考えちゃってね。勝負に優しさはいらない。分かっているんだけど、つい…」。

何はともあれ、3敗は守った。

 

勝負ごとに情け無用とは言いますが、勝ってもそれを反省点にするスタンスは些かやりすぎな気はしますが、その反省こそが日馬富士の強さの秘訣なのかもしれませんね!

 

 

 

はい、というわけで今回は東の横綱として知られる日馬富士さんについて迫っていきました!

東の横綱という立場に胡坐をかくことなく精進していく姿は、見ていて「ハっ」とさせることがいくらでもあります。

これからの活躍にも要注目ですよ!

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About もるがん斉藤 78 Articles
割と音楽とかが好きです。 よかったら記事見てください! よろしくお願いします!

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