【琴奨菊】大関からの陥落後も三役を維持で話題になった彼の私生活は?

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今回は、大関として名を知らしめ、関脇転落後も三役を維持したりして話題になった琴奨菊さんについて迫っていきましょう!

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日本人力士の星、琴奨菊

プロフィール

四股名:琴奨菊 和弘
本名:菊次 一弘
愛称:キク、ボロ奨菊、柳川の石臼
生年月日:1984年1月30日
出身:福岡県柳川市
身長:180cm
体重:182kg

所属部屋:佐渡ヶ嶽部屋
得意技:左四つ、がぶり寄り
趣味:釣り、アロマオイル

 

当記事執筆当初で33歳と、ベテラン力士の風格に見合った年齢ですね!

あと、アロマオイルが趣味って意外過ぎやしませんか( *´艸`)

 

 

力士としての成績

最高位:東大関
生涯戦歴:704勝530敗34休(93場所)
幕内戦歴:595勝481敗34休(74場所)
優勝:幕内最高優勝1回,十両優勝1回
賞:殊勲賞3回,技能賞4回

 

勝率は6割強と、かなり高い勝率を誇っています。

やはり、東の大関という座についていただけあり、その実力を疑う余地はないですね!

 

人物像

建設会社の社長をしている父の三男として生まれる。
柔道の山下泰裕物語に影響された祖父の下、小学3年生で相撲を始める。

祖父がつくった自宅の庭の土俵で1日2時間の稽古を行い、隣のグラウンドでは100メートルのタイヤ引きを1時間かけて40本行い、牛乳は毎日1リットル飲み、学校にはにぼしを持参、という相撲の英才教育を受けた。
ソフトボールで4番打者を務めた経験もある。幼少期から体は大きく、ソフトボールの試合には子供サイズのユニフォームが着られないため監督のものを借りて出場した。

そのため背番号が30という本来の少年ソフトボールではありえない事態もあった。

幼少時に、地元に巡業で訪れた貴花田(後の横綱・貴乃花)の膝に乗せられて記念写真を撮ったことが相撲を続ける上での大きな励みになったという。
高知県の明徳義塾中学校に相撲留学し、3年生となった1998年には全国中学校相撲選手権大会で優勝して中学横綱となり、その後、明徳義塾高校に進学して活躍した。

小学生のころから佐渡ヶ嶽親方の知遇を得ており、初心通りに佐渡ヶ嶽部屋へ入門した。

下戸で酒は飲めず、「ビールはグラス1杯でふらふら」「マドラーで混ぜた水で酔った」「奈良漬10本で記憶が飛んだ」といった逸話がある。
代わりに青汁を毎日飲んでいる。

アナログ人間を自称していたが、2008年より「琴奨菊物語」と題されたブログを開始し、同年6月にはテレビで紹介されてアクセス数が急増し好評を博していた。ブログは2009年8月を最後に更新されなくなり、同年12月7日の記事で更新終了を宣言した。その後ブログは閉鎖され、2011年2月に再開する予定だったものの大相撲八百長問題の影響などもあり延期され、同年9月場所後の自身の大関昇進を機にブログを再開した。
また、2008年5月号から2009年12月号まで雑誌『相撲』にブログとタイアップした企画「月刊ガブの部屋」を連載していた。

左利きであり、塩撒きも左手で行っている。
大関へ昇進してからは、最後の仕切りのときに左手に他の力士よりも多めの塩を握ったまま上体を大きく反らして深呼吸をするようになっている。
客席からもそのたびに歓声が上がる。

本人は2016年初場所千秋楽の打ち上げパーティーでこの所作をイナバウアーにひっかけて「琴バウアー」と称した。しかし、一部のメディア等では「菊バウアー」と称されたこともあり、ファンの間でも呼び名が分かれるなど「論争」になっていたが、最終的にこのルーティンの名は「琴バウアー」に落ち着いた。

ルーティンとしては「琴バウアー」に加えて太ももを激しく張り叩く動作もあり、初優勝を果たした直後の新聞記事では稀勢の里の静かな所作と好対照をなしていると書かれた。

日本テレビのバラエティ番組ぐるぐるナインティナインの名物コーナーグルメチキンレース・ゴチになります!のパート12の最終戦に出場し1位通過のニアピンという記録を残した(ニアピン賞の賞金は千円だった)がこれは同番組の同コーナーに出場した力士及び相撲関係者の中で最高順位である。

琴奨菊の初優勝が稀勢の里を奮起させ、ひいては横綱昇進を射止めるまでに至ったとする記事が少なくはないが、2016年9月場所前の雑誌のインタビューではその影響について稀勢の里が「まあ、多少はあったかもしれないですけど……」「(ニ所ノ関一門の連合稽古で互いに肌を合わせて)いい稽古ができているからというのはあると思います」と答えている。

青色の廻しを非常にきつく締めていることで知られており、廻しを取ろうとした日馬富士の爪が割れたことまである。

2009年に知人の紹介で佐賀県在住の一般女性と交際し、その3年後の2012年11月場所番付発表の朝に婚約を発表し、2013年4月20日に挙式する予定を告知した。
2人でこの試練を乗り切ると決意し、敢えて自身初のカド番で挑む苦境の中で発表したのであった。

ところがその3ヶ月後の2月12日には、既に招待状を発送した段階にもかかわらず「人生観の違い」や部屋関係者曰く「大関の妻としての重責」を理由に婚約破棄に至った。
角界においても挙式寸前で白紙に戻すのは非常に珍しく、最近では1993年の貴乃花(当時は貴ノ花)以来である。

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2013年11月場所2日目に負傷したが、協会指定の病院は担当医が手術中だった。タクシーの運転手が紹介してくれたのが、ソフトバンクや上野由岐子を担当した肩治療の名医だった。
だが閉所恐怖症でMRIに入れず2014年1月場所初日の検査は断念。
怪我の影響で呼吸困難になるほどで、翌日からは精神安定剤を飲んで勝ち越しを決めたが3日目以降の薬がラムネだったことは後から聞かされた。

優勝争いに最後まで加わった2014年7月場所は「全てを受け入れて後悔しないようにやってきた。だって失うモノはないんだもん。体がちぎれてもいい」と前向きな気持ちで挑み、優勝に対する決意の表れとして部屋では場所終了を待たず祝勝会用に約8キロのタイを準備していたが、この場所に賜杯を抱くことは無かった。

 

こうしてみると、かなり謙虚で、まじめな性格をしていることが伺えますが、2014年7月場所のときのコメントのように、吹っ切れるときは吹っ切れるといったスタンスのようです。

こういうスタンス、筆者はかなり好感を持てます(笑)

 

 

琴奨菊の私生活

結婚生活!?お相手は?

大相撲の春巡業が8日、神奈川県藤沢市で行われ、3月の春場所で大関復帰を逃した琴奨菊が、7日に第1子となる長男が誕生したことを明かした。
7日は巡業がなかったため長男と対面もでき「嫁も元気でうれしかった。巡業の中休みに生まれてくるなんて親孝行だと思った」と頬を緩めた。

関脇に陥落した春場所は9勝に終わり、大関復帰を果たせなかった。
だが「立ち合いの圧力には戦えるものがあった。家族2人より3人の方が気持ちもぶれないし、もう少し頑張ろうと思う」

33歳のベテランは、我が子の誕生に現役への意欲を新たにしていた。

 

2016年の初場所にて、日本人の大相撲力士で

10年ぶりの優勝を果たした琴奨菊ですが、

試合後から入籍までの期間が絶妙なタイミングだったこともあり、

今現在は奥さんである石田祐未(いしだ ゆみ)夫人が

世間の注目の的になっています。

 

というわけで、お相手は石田祐未さんという方ですね!

既にお子さんもいらっしゃるとのことで、幸せいっぱいですね♪

 

結婚生活は超質素?でもプロポーズは粋な計らい!

2015年7月10日、2月に婚約を発表していた一般女性と結婚。
プロポーズの際には自身で絵本を作り、それにダイヤの指輪を挟んでプレゼントしたという。

2016年3月場所前のインタビューによると、幕内最高優勝の経験がある大関であり新婚の身であるにも関わらず、家賃が月7万円のマンションで妻と暮らしており車は中古車を使用しているといい、質素な生活をしているという。

 

絵本に指輪だなんて、粋ったりゃありゃしないですよね( *´艸`)

こんなプロポーズされた奥さんは幸せでしょうが…

生活面のほうは質素すぎやしません!?

いや、ほかでお金使ってるのかもしれないのでなんとも言えないですが…

 

 

 

琴奨菊は実はインタビュー嫌い?

殊勲白星でもインタビューを断る琴奨菊

横綱や大関に勝った下位の力士は、NHKのインタビュールームに呼ばれる。
ほとんどの力士はこれに応じるが、断る場合もある。

元大関の琴奨菊は初日から1横綱2大関を破ったが、1度もインタビューを受けなかった。なぜか?

「その方がいいかなと思った。今後においても、今においても…」
今年初場所まで大関を務めていた自負もあるだろう。
日馬富士に勝って初金星を挙げたが「ああいう内容だったからね」と、テレビで喜びを語ることは控えた。

元大関の初金星は、雅山(現二子山親方)以来10年半ぶりだった。
雅山は、大関から陥落して33場所目に横綱朝青龍に勝ち、インタビューを受けた。
二子山親方は「僕は強い横綱に勝ってうれしかったので行きました。
でも、大関戦に勝っても一切行きませんでした」と振り返る。
大関に勝つたび、断り続けた。
「現元大関と言われるのが嫌でした。大関に戻るつもりでいましたから」。

勝ってテレビカメラの前に立つかどうかは、本人次第。
放送時間の関係もあるが、殊勲の白星の後にインタビューがなかった場合、そこには力士の生きざまが反映されている。

 

インタビュー嫌いというよりは、元大関という肩書きが嫌いのようですね。

これは、ある種力士としてのプライドということでしょう。

 

 

はい、というわけで今回は琴奨菊さんについて迫ってみました!

元大関、現関取として精力的に動かれているようで、今後の展望に期待大、ですね!

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About もるがん斉藤 78 Articles
割と音楽とかが好きです。 よかったら記事見てください! よろしくお願いします!

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